私はどんなクルマも好きなのですが、仮にヒエラルキーを設定するとすれば頂点にいるのは【スーパーカー】と呼ばれる存在になりますね。
もう40年とか昔の話ですがスーパーカーブームという波があり、幼少の私はそれで完全に擦り込みができています。
当時、ランボルギーニはカウンタックLP400とか500Sとかミウラやイオタ、フェラーリであれば365BB(ベルリネッタボクサー)や308と328、ディーノ246GT、マセラティならボーラやメラク、最高のインパクトを誇るランチャストラトス、そしてロータスヨーロッパやエスプリ、ほとんど欧州のクルマだったように思います。
他にも絵本のような男児向けガイドブックにはいろいろ載っていたのを覚えています。
アルファロメオであればモントリオール、アストンマーチンだとラゴンダ、ポルシェは911のターボですが当時は「930ターボ」と呼んでカレラとの明確な違いを感じさせましたし、国名も当時は「西ドイツ」と書かれていました。
BMWはうろ覚えですがターボ搭載の2002や3.0CSLなども掲載されていた気がします。
略称なども今とは違って、ビーエムなどとは言わずに「ベンベ―」と呼んでいました。
アメリカ車ではシボレーコルベットスティングレーやリンカーンコンチネンタル、もちろん日本車にもトヨタ2000GTという名車があったのですが、今考えるとスポーツカーとしてはすごいけれども【スーパーカー】とまで呼んでいいものかな?などと考えたりもしました。
すごい車ではあるのだろうけど、【スーパーカー】というカテゴリにするにはちょっと、という感覚があるのです。
そして幼少期の私にとってスーパーカーの頂点はランボルギーニ・カウンタックLP500Sでした。
お絵描き帳にはサイドから見たカウンタックのようなものがずらりと並んでいたものです。

※写真はランボルギーニ・カウンタックLP500S
【スーパーカー】の確たる定義というものは、なかなか説明しづらいものがあるようです。
私にも持論こそあれ、こうであるからスーパーカーですよいう確実なものはありません。
AIでさえもハッキリと「これがそうです」とは出せないようですね。
あくまで私にとってはですが、乗降性よりも空力とデザイン優先のカッコいいワイド&ロースタイル(これが一番重要)に、燃費など全く考慮しない多気筒ハイパワーエンジン、ミッドシップ、最高速度のために実用性を極限まで排除しつつもエンターテイメント性のあるコックピットといったところでしょうか。
そして令和の今でもスーパーカーは存在しますが、入手や維持の困難さ(特に価格)があり、現実的には今でも夢のクルマとして心に刻まれるのみです。
令和の今ではスーパーカーのさらに上にハイパーカーという存在もありますね。
スーパーカーが少量生産の希少性がある中で、さらに稀有な特別な車ですから現車を目にすることはほとんどありませんね。
さらに高嶺の花なんて、もはやファンタジーです。

※写真はパガーニ
スーパーカーでさえ街中ですれちがったりすると驚いて目で追いかけるだけです。
それらは私にとって≪別次元の存在≫として畏怖の念すら覚えます。
私はかつて中古車販売の仕事をしていたこともありまして、クルマに囲まれる毎日を過ごす中でも単に「希少車」と呼ばれる個体ならばそこそこめぐり逢いました。
ですがスーパーカーにはなかなかお目にかかれません。
(ランボルギーニ・ディアブロを洗車して、運転席に座ったことがあるという程度ですがそれでも幸せを感じました。)
そして2026年の今、私は【出張洗車サービス】という仕事をする傍ら、憧れのスーパーカーに触れる機会に恵まれるようになりました。
もちろん幼少期に憧れたあのクルマたちではなく、令和の現代スーパーカーです。
洗車と言ってもどの個体も屋内保管であったりしますから保管環境は大変に良いので、むしろ屋外保管のクルマよりディテールや周囲への配慮などに気を使ったりします。


※私が洗車させていただいたお客様のスーパーカーです
※赤い方はマクラーレン750S、青い方は同じくマクラーレンのアルトゥーラ・スパイダー

※ こちらもお客様です。 現代の最新ランボルギーニ・レヴエルト!!
幼少期から培ったスーパーカーへの畏怖というか憧憬というか、そういうものが心に溢れます。
琴線にビンビン触れる、という感覚。
お客様の前ですから平静を装ってはいますが、それでも心の中では≪ぬいぐるみを着て踊りだしたい≫くらいに高揚しています。
アラフィフの壮年が、落ち着きのない男児のように目が泳ぎます。
そんなスーパーカーに触ることが出来るだけで「この仕事を選んで良かった」と心から思える瞬間の一つですし、これからもその想いを持ち続けてがんばっていこうと思う次第です。
